足りない頭で考えてみた~吃音持ちの意識低い系ブログ~

もはや便所の落書きレベル。意識低い系(笑)の代表格。足りない頭で必死に考えた色々な事を書いてます。

ガチでオナ禁が続かない!まじで難しい。

ほんっとオナ禁続かない。

 

なんで続かないのかが分からない。

 

意志が弱いからだろ!と言われれば、その通りなんだけど・・・

なんか意志の強弱だけじゃないような気もするんだよな~

 

 

オナ禁開始より遅れること1週間、禁煙もスタートさせたんだけど
そっちの方は何の苦も無く続いている。

オナ禁するよりも禁煙の方が遥かに難しいと思っていただけに、こうもすんなりとタバコを吸わなくなったのは驚き。

そして、オナ禁がこんなにも難しいなんて思いもしなかった。

 

 

禁煙ができている理由はなんだろう?

なぜ禁煙ができているのかが分かれば、そのコツみたいなものをオナ禁にも応用できるんじゃないか?と思ったり思わなかったり・・・。

 

 

 

 

禁煙がうまくいっているのに理由は見当たらない。特別なことなんかしてないし。

禁煙外来とか利用したわけでも、ニコチンガムみたいなものを使ったわけでもない。

 

ただ単に、タバコ辞めようと思ったその日から僕の生活にタバコが必要なくなっただけ。

 

特別な決意も強力な自制心も働かせていない。本当になぜ禁煙が続いているのか謎。

 

なんか考え方の変化でもあったのかな?

それだったら、オナ禁もほんの少しだけ思考を変えるだけでできそうなんだけどなー

 

 

あ、ちなみに禁煙は15日経過しました。吸いたいと思うことが全くありません。

 

 

 

【オナ禁0日目】リセットの先に見えるもの、リセットから学ぶもの

オナ禁は13日と13時間でリセットしてしまいました。

とはいっても、なんだかんだ言ってエロ禁は徹底できていなかったので、完全なオナ禁でもなかったわけです。

 

遅かれ早かれ、リセットするのは時間の問題だったのかな?という感じです。

 

 

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【オナ禁8日目】僕がオナ禁する理由と、1週間経って感じたことのまとめ

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こんにちは、ごまおです。

 

先日からオナ禁(オナニー禁止)を始めました。

オナ禁って凄い効果あるらしいですよね~

ちょっと検索すれば、信じられないくらいのメリットが出てきます。
というか、オナ禁すれば人生変わる、オナ禁すれば成功者になれる、オナ禁すれば女の子からモテモテになる、なんてことが書かれています。

 

ホントかいな?と思いますが、オナ禁に挑戦する多くの人はこういった夢を見させてくれる物を信じて禁欲生活に突入します。そして、散っていく。

 

今回はよくありがちな、オナ禁1週間で調子乗ってブログ記事にしちゃうというオナ禁初心者あるあるな感じで書いていきたいと思います。

 

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人生の成功法則、それは誰もが知っている古臭い教え

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今までの人生を振り返ってみると、なにか一つの事に取り組んで達成したという経験が無いんじゃないか?と思った。

基本的に楽天家なんだけど、短期的な思考法で結果が出る前に結果を求めてしまい、結局やる気がなくなって何も続かない。
そんなことの繰り返しだったな~と。

 

そんな生き方で満足なのか?と聞かれれば、そんなはずは無く・・・。

 

やっぱり人生成功したいし、何よりも毎日イキイキと活力ある生活を送りたい。
そして毎日希望に燃えるような熱い人生でありたいなと思った。

 

そんなことを思ってネットの大海原を漂うこと早数年。

あまりに長い旅だったが、なんとなく
「こういう風に過ごせば楽しい人生を送れるんじゃないか?」

と思うことが最近有ったので、忘備録を兼ねて書いていきたい。

 

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吃音が辛くて死にたい人よ、早まるな。ちょっとしたコツで考え方を変えてみよう!

吃音は辛い。死にたくなるぐらい辛い。

僕も学生時代や社会人なりたての頃は辛くて辛くて、毎日死にたい気持ちでいっぱいだった。

この辛さはは正直なところ吃音当事者以外には理解されにくいだろう。
誰かに相談したところで、ただどもるだけでしょ?練習すれば良くなるんじゃない?なんていう言葉しか返ってこない。

誰にも理解されない苦しみから、自分を追い込んでしまって希死念慮すら浮かぶ。

 

さて、吃音でが辛くて死にたいくらい悩んでる仲間たちよ、死を選ぶということだけはまだやってはいけない。死ぬのは人生の最期でいい。

辛くて死にたいくらいの悩みだが、ちょっとだけ考え方を変えるだけで、今よりもだいぶ楽になるはずだ。

僕が実際にどういう考え方をして、吃音の苦しみから解放されていったのかを是非シェアしたい。(吃音が治ったとは言ってないw)

 

評価には絶対的評価と相対的評価がある

まず、僕らが生きている社会では他人に評価されるということが付いて回る。

学校の勉強も、仕事の不出来も、すべて比べられて評価される。

相対的評価

このように、なにかと比べられて優劣を付けられることを相対的評価という。自分個人の資質や能力だけではなく、お前も頑張ったけど同期のアイツはもっと頑張ってるから評価はBね、みたいな感じだ。

生きていくうえでこれは仕方がないこと。

大学受験にしろ会社での給料アップにしろ、上限がある。みんな頑張って結果出したからみんなに恩恵を授けるということはできない。
入学定員が1000人しかない大学で5000人の受験者全員が8割以上の高得点を取っても全員は入学できない。
定員があるから、その中から受験者同士を比べて上位から順番に取っていくという事になる。

 

絶対的評価

対して絶対的評価というのはどういうものだろうか?

絶対的評価とは簡単にいってしまえば、周りの事なんか関係なくて、自分のやった成果だけを基準に評価するよ、ということである。

現在の学校教育ではおそらくこの絶対評価を導入していたと思う。テストで8割以上取れれば、好成績者が何人いようとも8割以上取った全員が通信簿で5がもらえるという仕組み。

これは自分以外の誰かの出来具合は関係ない。自分が基準を超えたかどうかだけ。

 

 

混ぜるな危険!相対と絶対

 で、ここからが一番言いたい事なんだけど、

この相対と絶対をごちゃ混ぜにしてしまって、苦しんでいる人がたくさんいる。

 

幸せとはなにか?という問いかけに、あなたならどんな答えをするだろうか?

もしかしてその答えは「誰かと比べて自分の方が良い」という基準になってない?

 

 幸せの尺度は絶対的評価である

自分が幸せかどうか、今の人生に満足しているかどうかは、自己の価値基準に従って決めるべきです。
誰かと比べて決めてはいけません。

「あの人はあんなにいっぱい稼いでる・・・それなのに俺はこれだけ・・・」

「あの人は結婚してて羨ましい・・・私は相手がいない・・・」

 「あの人は毎日が充実してそう・・・」

 

そんな風に誰かと比べてしまうのは、もう止めませんか?

 

自分以外の誰かと比べてしまうと、価値観も生き方も全て「他人のモノ」になってしまいますよ?

私たちは長らく誰かと比べられて評価をされるという世界で生きてきました。仕事も勉強も評価は相対的です。

でも、自分の人生は相対的に評価されるようなものではない、とうことは少し考えれば分かりますよね?
私だけの人生、たった一度だけの私の人生を、どうして赤の他人と比べられて評価されないといけないんでしょうか。
私の人生を勝手に他人に評価されるなんておかしな話ですよね。もちろん皆さんの人生だってそうですよ。自分の人生なんだから、自分に対する評価は自分で決めればいいのです。

 

人生の幸福感や充実感と、社会的評価や仕事での評価というのは深い結びつきがあります。なので、自分の人生を考えた時にも、社会では自分はどう評価されるか?なんてことを考えてしまいます。

一度、社会的なことと自分自身の事を切り離して考えてみてください。

社会的な評価と、自分自身が下す自己への評価は全く関係ありません。

自分の幸せと仕事での評価。それぞれは互いに関係しあいながらも、実は全く別の領域にいて個別独立の存在なんだ、と思って貰いたいです。

 

 

最後までありがとうございました。