足りない頭で考えてみた~吃音持ちの意識低い系ブログ~

もはや便所の落書きレベル。意識低い系(笑)の代表格。足りない頭で必死に考えた色々な事を書いてます。

信用しています、は責任放棄

僕が海外で働いていた時に出会った同年代の友人とよく話していたこと。

いつも夜遅くまで、時には夜が更けるまで煙草を片手に語らいあったものでした。

 

 

信用していますって言うのは、責任放棄だよな

 海外で仕事をしていたので、多くの現地駐在員の方とお会いする機会がありました。また、身一つで成功をつかみ取るために乗り込んできた猛者もいました。

しかしたいがいにして、どんなに気を付けていても一度ぐらいは「騙された!」と思うような経験をする人たちが多くいます。

現地で仕事をする、事業を起こすというようなときは現地の協力者と共に進めることが多いです。些細な許可証や認可を得るためにも、現地人の協力があるかどうかで事業の難易度も進む速さも違います。

そういった現地協力者との関係で、騙された、という方が多いのです。

そういった話を耳にすることが多く、「信用してるって言うのは責任放棄だよな」ってよく話をしていたものです。

 

 

信頼してたのに騙された!

 さて、その騙された人たちの多くは往々にしてこう言います。

「相手を信用して任せていたのに騙された! やっぱり国民性が悪いからビジネスをわかってない!」と。

 

???

信用してたのに騙された? それは国民性のせいだって?

挙句の果てには仕事に対する考え方の批判までしちゃう?

 

ビジネスを分かっていないのはどちらでしょうか? 「大丈夫。信頼してるから」って甘ちゃんな考えだったのは悪くないのでしょうか?

日本国内の企業活動って、性善説に基づいていることが多いと思います。それは、ある程度社会も成熟していて信頼とか信用というものが有用であると「常識」として認識されているからです。

では、海外、特に発展途上国という場合ではどうでしょうか。その「常識」はホントに「常識」なのでしょうか。よーく考えれば、「日本企業のジョーシキ」でしかないということは想像につくと思います。

「信頼していたのに裏切られた!」というのは、責任を放棄していた事と同義です。

 

信用するというのは、相手に主導権を渡すこと

「あなたを信用してます」というのは、「あなたに主導権を渡します」ということです。

相手に主導権を渡した時点で、その後どんなことが起ころうと、起こったことに対して責任を持たなければなりません。

 

相手に任せたのだから、こっちに責任はないだろう? だって?

 

いいえ、あなたの判断で相手に任せたのだから、相手側の行動にはすべて責任を持つことになります。

責任を持つというのは、主導権を持つということです。信用して任せるというの主導権を渡してしまうことなのです。

  

誰かに主導権を握られる、そんな生き方で満足か

これはビジネスの世界だけではありません。私たちの日常生活でもそうです。

あなたの考えではない、自分の判断ではない、誰かが決めたことに身を任せるということは、自分以外の誰かに人生の主導権を渡し、自分の人生の責任を放棄することです。

大学受験や就職活動で、自分の意見とは違う道を進んだ人もいるでしょう。

親がこっちの方を勧めるから……卒業したら会社に入るのが常識だから……

そして、本当はこんな人生のはずじゃなかったのに……となっていませんか?

 

自分が望む人生を歩みたいのなら、全てに責任を持つ覚悟を

誰かに主導権を持たれる生き方はやめましょう。自分の人生は自分にしか作れません。

その為には自分が下す判断・行動の全てに責任を持つことです。自分で下す判断には恐らく失敗があるでしょう。それこそ、こんなはずじゃなかった、なんて事も出てくると思います。

しかしその結果も全てが自分の責任なのです。自分で選び取った選択の結果。景気が悪い、上司が悪い、アイツのせいだ、そんなことは一切関係ないのです。

 

責任を持つ生き方というのはとても難しい生き方であると思います。誰かのせいにする逃げ道はありません。

だからこそ、そこには自分で人生を作り上げていると強く実感できるのではないかと思います。

 

一度きりの人生、思うように生きてみたい。そのためには責任を持つという考え方が大事ではないでしょうか。